言いたいことはたいてい、言えなかったほうがいい

POISON 地獄

 泣いている赤ちゃんに反町隆史の名曲「POISON」を聴かせると、たちまち泣き止むらしいとの情報を妻がキャッチした。
 そんな馬鹿な話あるか、と思いながらも試してみると、うちの娘もたちまち泣き止んだ。
 それ以来、我が家の生活音はずっと反町隆史のPOISONにかき消されている。
 なにをしている時もだいたい、POISONを聴いている。

言いたいことはたいてい、言えなかったほうがいい

 反町隆史は言う。「言いたいことも言えないこんな世の中は……POISONッ」と。
 GTOの主題歌にぴったりな歌詞だとは思う。だけど、耳元で何度も何度も言われると、疑問に思えてきた。
 ほんとにみんな、言いたいこと言えてないのか?
 どちらかと言うと、世の中、身の回りで起きているトラブルはみんな、言いたいことの言い過ぎで起きている気がする。

 会社での人間関係のトラブルなんて特にそうだ。
 トラブルの経緯を追っていくと、たいていは言いたいことの言い過ぎでトラブルが発生している。

 僕は管理職をやっている。
 どちらかと言うと、言いたくもないようなことでも仕方なく言っている場面が多い。
 僕の一日はいつのまにか、言いたくもないお世辞を言わないといけない場面や、言いたくもないキツイことを言わないといけない場面の連続になってしまった。
 これは相当に忙しい。「言いたいことも言えない」なんてぬるいスピード感ではなかなか生きていけない。
 キツイことを言うとき、相手との信頼関係が不十分だと悲惨な結果になる。
 リアルな話、部下から上司への評価というのは、たったひとつの項目だけでジャッジされる。「好きな上司か否か」という項目である。
 真実だと思う。
 好かれたうえで仕事ができてやっとちゃんと会社がまわる。
 言いたいこと、言うべきことをしかるべき時にハッキリ言えるだけの人間関係を常に構築し続けることが管理職の仕事になる。地獄である。楽しいけど。

思い出に残る別れかた

 恋愛においてもきっと、言いたいことなんて言えないほうがいいと思う。
 なんでも全部伝えきってしまったら、きっと恋愛感情なんて消えてしまう。
 好きという感情のモヤモヤの正体はきっと、「伝えたいけど伝えられない」だと思う。
 既婚者マジックの正体もきっとこれだろう。
 それに、言いたいことをちゃんと言えなかった恋愛のほうがいい思い出として残っているような気がする。

 大阪で遊んでいたとき、別れの理由を訊いてこない女の子がいた。新今宮のラブホテルのすぐそばにあったタバコくさい喫茶店で、彼女はただ目に涙をためてカウンターを見つめていた。
 その横顔を見て、やっぱり別れたくないなと思った。
 自分から切り出した別れ話の引っ込みがつかなくて何も言えなかった。けっきょく、無言で席を立って、彼女とはそれきりである。
 でも、「やっぱり、別れないでおこう」なんて言ったら逆にフラれていたと思う。そんな子だった。
 そんな別れ方だったから、連絡手段も全部、自分で絶ってしまった。
 髪の長いタヌキ顔の可愛い子だった。
 彼女に訊きたかったこと、彼女に言いたかったこと、今笑顔で報告したいことも、一生届かない。
 そんな思い出があってもいいなと思う。

 そういえば、「ブログとか小説とか、書いてみたらいいよ。絶対面白いよ」そんなことを初めて僕に言ってくれたのは彼女だった。

1995年生まれ。 何かを作ることが好き。

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